Danke SchÖn  ダンケ・シェーン(古城街道・ライン川下り編)

ロマンチック街道ローテンブルグは、ドイツ南西部のマンハイムから国土を東西に横切り、国境を越えてチェコのプラハに至る総延長1000Km超の長大な街道が古城街道のどちらにも
接する接点的な街に位置しています。
街から少し車で移動した所に、両方の看板が立っていました。ここでもドライバーに無理言って停めてもらいました。

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約3時間のドライブでこの日のポイント「ハイデルベルグ」に着きました。

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                               「 Heidelberg ハイデルベルグ 」

1386年にドイツ最古この大学であるハイデルベルグ大学が設立されて以来、学生街として親しまれた街。古くからゲーテやショパンなどの多くの詩人や芸術家が訪れ、この街を讃え多くの芸術作品を生み出してきた。
一見、イタリアのフレンチェを思わす情景が広がっていました。ハイデルベルグ大学には、もちろん医学部もあるのですが、附属病院は市内に専門別にバラバラに存在しているそうです。
皮膚科はこの写真の川向こうですが、整形外科は山手の方と離れています。日本では考えられない形態ですね。川にかかる橋はカール・テオドール橋です。

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ネッカー川にかかる石組みの橋。建造は1788年で、アルテ・ブリュッケ(古い橋)とも呼ばれる。旧市街側には2つの塔をもつ門がついている。


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               「 ハイデルベルグ城 」

1300年頃、ピファルツ選帝侯の居城として建造。5世紀にわたって破壊と、さまざまな建築様式を取り入れながら再建を繰り返して拡張。最終的には三十年戦争などで破壊され、半ば廃墟の様な姿で現存しているが、各時代のエポックとしてドイツロマン派文学にたびたび歌われ、国内でも抜群の知名度を誇る。

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ノスタルジックで落ち着いた雰囲気と学生達の若いエネルギーが共存しているこの街は、独特の魅力を持っています。今回お世話になった現地ガイドさんもここがホームです。

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ハイデルベルグ城内にあるフリードリヒ館、ここにはドイツ薬事博物館があり薬事400年の資料が展示されていました。昔の薬?ちょっと飲む気にはなりませんでした。
煮出した薬液を陶器の器に入れるのですが、その器に上・中・下と三カ所穴が空いていまして、薄いのは上の穴、濃いのは下の穴から出すというアイデアには笑ってしまいました。ほんまこんな薬で病気が治った時代があったのでしょうね。

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またここには22万リットル以上もあるワイン貯蔵用の大樽も展示されています。この狭い階段でスリ!の被害にあうことが多いので注意が必要です。しかし、それにしても大きいですよ!


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街の中心、マルクト広場にある「聖霊教会」ブファルツ選帝侯領内最大のゴシック様式教会。

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学生酒場 市内には学生達が集まる酒場が幾つか残っていて300年の伝統料理とビールが楽しめます。日本でいえば早稲田・慶応界隈って所でしょうか?ドイツの高田馬場?

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ハイデルベルグ大学の図書館、ドイツ最古の大学でバロック様式のこの図書館には多くの学生が出入りしていました。中を少し覗いてみましたが、なかなか立派でしたよ。


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この街が昔、治外法権だった頃に軽犯罪を犯した学生が閉じ込められた学生牢
当時の学生達の思いが壁に落書きとして残っています。どんな思いで過ごしたのでしょうね。

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市内の住居には葡萄とかフジなどの木々をレイアウトに仕立て、景観の一部にしている家々もありました。

壁に這わせてトリミングするのは、さぞかし大変でしょうね。

日本だと♫蔦の葉絡まるチャペル♬でしょうか? 























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                「 ニーダヴァルト 」

ライン川のパノラマが見渡せるスポットです。ドイツ帝国発足の女神(ゲルマニア)の記念碑が建っていますが、この日は改装中でその姿を見ることはできませんでした。像だけでも10m
全体で40mの立派な記念碑です。川のこちら側はワイン畑です。

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Rüdesheim リューデスハイム

ライン川の右岸にある小さな街で、11世紀の文献にも登場するという長い歴史を持つ。当時からワインの醸造と水運がおもな産業で、現在もブドウ畑が多く見られるほか、世界遺産ライン渓谷中流上部の眺望を生かした観光の街でもある。



Drosselgassc つぐみ横町

長さ約150mの通り。15世紀に建設され、当時はライン川水運の船主達が商品の輸送に利用したといわれる。細い道の両側にかわいらしい建物が並び、名物のワインが味わえるワインハウスやレストラン、ホテルやみやげ物店が軒を連ねている。











               Der Rhein  ライン川

古代から水運があ盛んで、神聖ローマ帝国時代には流通の中心であったライン川。川は敵やその文化・思想も運び、それらは川を舞台にぶつかり、交じり合った。自然豊かな丘に残る古城と伝説を携え、ライン川は今も力強く、静かに流れていく。

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                「ラインシュタイン城」

「ラインの宝石」という名の城。1200年頃からマインツ大司教管轄の裁判所となり、17世紀にはフリードリッヒ・ヴィルヘルム4世によって修復。現在は個人所有だが見学は可。

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                「ゾーンエック城」
ライン川流域でもとくに美しい城として知られる。19世紀初頭には王家の狩猟城として使用されていた。ガイドツアーで見学可能。

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                   「プファルツ城」
14世紀頃、通行税を徴収する関所として中州に建てられた真っ白な美しい城。

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                   「シェーンブルグ城」
小高い丘の上に立つ人気の古城ホテル。昔の要塞の特徴を多く残している。

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               「Loreley ローレライ」
船乗り達が美しい乙女の歌声に惑わされて、次々に河渦の中に命を落としていったいう伝説の残る岩。♬なじかは知らねど〜♬の歌詞で始まる有名なローレライの歌は、ここが発祥の地。

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                 「ローレライ像」
崖から延びる中州の先に「ローレライ像」があります。
ローレライの歌を聴いて、難破しちゃったら「なんぱしょうとね! ドーナライ?

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ローレライの岩(崖)の上にレストランがあり、そこから撮った写真です。
この中州の先端にローレライ像があります。麓から像まで歩いていけるのですが、誰も歩いていませんでした。

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丘の上にある修道院から見た、ブドウ畑とライン川。このブドウ畑の中に、北緯50度の標識がありました。
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